モロッコ美容って? モロッコが美容大国なワケ

美容大国モロッコに伝わる天然素材を使った手作りコスメを紹介しています。     簡単で実用的なレシピもたくさん!

モロッコ美容は、自然の恵みを大切にし、自分の体と心に合わせて行うお手入れで、アラブ地域で受け継がれているアラビアンビューティーのひとつです、

「アラビアンビューティー」という言葉は耳慣れず、どんなものなのかピンとこないかもしれません。

肌や髪のお手入れは、韓国垢すりやタイマッサージといった「アジアンビューティー」など、それぞれの文化圏によって多様です。

アラビアンビューティーは、イスラム文化圏で育まれた薫香や植物療法に基づいた美容法。
アロマテラピーや植物コスメなど現代スロービューティーの起源ともいえます。

アラビアンビューティーの歴史は古く、文明の黎明期にアラブ地域で誕生しました。

例えば、エジプトでは紀元前からボディケアが行われていたのが知られています。
そのカリスマ的存在といえば、古代エジプトの女王クレオパトラ

クレオパトラは、その麗しい姿をキープするために、さまざまな美容法が生み出しました。
そうした伝統的な美容法のいくつかは、21世紀のいまでも行われていて、モロッコ美容にも受け継がれています。

アラブとアジアの交流がみえる赤い頬紅

「アラブは日本から遠く離れた地域だし…」と親しみを感じない人もいるかもしれませんが、アラビアンビューティーは伝わっていたのです。

何世紀も前に、シルクロードなどのルートで。

たとえば、口紅の原料の“紅花”。

この紅花は、中東周辺やインドから、中国へと伝来し、日本でも栽培されるようになりました。

日本人が、赤い植物で作った紅で化粧をはじめたきっかけのひとつは、遠いアラブ地域の美容を取り入れたからともいえます。

「樹下美人屏風絵」や「鳥毛立女屏風絵」などに描かれた女性のメイクを見ると、奈良・平安朝時代の化粧法が大陸の唐朝文化の影響を受けていることがわかります。

特徴的なのは、赤く大きく塗られた頬紅。

日本に紅が渡来した当初は、大陸風に、額、目元、口の両側などに紅い点をつけたそうです。
それがやがて、頬だけになりました。

モロッコの伝統的な頬紅のさし方にも、これとよく似た化粧法があります。
赤い点をつけたり、頬全体を赤く大きく描くメイクです。

紅の起源は中国だといわれています。
陸や海のシルクロードを使って交易していたアラブ商人によって、はるばる北アフリカに伝えられたのかもしれません。

現在のように便利な社会ではない時代から、メイクや化粧品の情報交換は活発だったのです。

モロッコで愛される手作りオーガニックコスメ

私たちになじみのある西欧の美容法も、もともとはアラビアンビューティーを参考にして発展したものが多々あります。

美容王国フランスでも、美容の歴史を語るときは、「古代エジプト美容」の紹介からはじまります。

「既成の化粧品は、一時的には効くけれど、やっぱり伝統的な自然素材のほうが信用できるわ」

そう言うのは、モロッコの女性。

少し前まで、モロッコではフランス製のコスメを使うのがステイタスだったのですが、最近では、昔ながらの美容法が見直されているそうです。

モロッコのフェミニズム学者ファティマ・マルニーシーさんの著書『ハーレムの少女ファティマ、モロッコの古都フェズに生まれて』に、伝統美容にまつわる母親のエピソードが出てきます。

マルニーシーさんの父親は全てにおいて伝統を尊ぶ人だったのですが、妻(マルニーシーさんの母親)が夢中になる昔ながらの美容法を許すことができず、それをやめさせようと、大金をはたいてフランス製の化粧品を妻にプレゼントしたそうです。
妻はすべての製品を興味深く観察し、成分や使用法を翻訳してもらったのですが、化学研究室の専門の男性がこれらを作ったと知ったとたん、化粧品を全部突き返してしまった、というのです。

自分で選んだ材料を使って自分でコスメを手作りする。

これがモロッコ美容の基本です。

モロッコ美容が日本人に向いているのは、ウェット(湿潤)系だからかもしれません。

アラブ地方で発展したアラビアンビューティーは、エジプトから東の地域はドライ(乾燥)系、モロッコあたりはウェット(湿潤)系で異なる、とモロッコ人の男性が教えてくれました。

モロッコ美容は、ローズウォーター、クリーム状にしたガスールヘンナなど、水を使う美容法が多いのが特徴です。

「日本もウェット系。だから、お互い親しみを感じるんじゃない?」

とモロッコ人。そうともいえますね。

このブログでは、アラビアンビューティー、そしてモロッコ美容の効能と魅力を少しずつ解明していきたいと思っています。

*Health & Beauty Review(講談社)の連載ブログ「イスラム美容研究」で掲載された記事(2010年)に加筆しました。

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