イスラム庭園5:シェラ(ラバト)

深緑の中に浮かぶ古色を帯びた大理石とタイルの塔。ノスタルジックな景観が目の前に広がる。
アブー・ハッサン王が建てたミナレットは、モロッコの美しい建造物のひとつだ。

このミナレットがそびえるシェラは、ローマ時代の都市をイスラム化した町。
ここの入口に構える石造りの門は、マリーン朝芸術の代表作だ。
壮麗な門を見ただけでも、シェラがどれだけ魅力的な町だったか想像することができる。

そこから階段を降り、小道に沿って、静かな谷を下っていく。
道の両脇には、バラ、いちじく、オリーブ、バナナの木が密生している。
ここに入ってまず驚くのは、コウノトリの大群。これほどの数を見るのは生まれて初めて。
鳥の強烈な臭いが、エキゾチックな植物の香りと混ざり合い、とにかく圧倒される。

うなぎの生息する神聖な池や小さなモスクの廃墟を通り過ぎると、王の大墓地へ出る。
1351年に没したアブー・ハッサン王は、浮彫のある桃色の石壁の下に埋葬されている。

また、モザイクを敷きつめ、2つの受水盤と長方形の池を設けた中庭も残っている。
これは、ヒスパノ・モレスク様式の流れをくんだものだ。

アンダルシアの後ウマイヤ朝の支配下に入ったモロッコは、その王朝が滅びると、国内のベルベル族王朝が実権を握る。
ラバトを首都にしたムワッヒド朝は、北アフリカだけでなく、イベリア半島南部にまで勢力を拡大していった。

学問や芸術を奨励した王たちは、ヒスパノ・モレスク芸術を積極的に摂取し、モロッコ史最高の栄華を築きあげた。
ラバトのウダイヤ門やハッサン塔など、たくさんのモニュメントが、モロッコの貴重な遺産として、現在も保存されている。
次のマリーン朝時代に、モロッコ芸術は洗練された高いレベルに到達する。
こうして、さびれていたローマの都市サラは、シェラとしてよみがえることになった。